ブランドストーリー

ピュアーライフ 誕生物語

病んだ社会のために

自然に学び、自然に随い、自然に帰る。

古より日本に受け継がれてきた、「自然と共に生きる道」の復活を理念に、教育創造研究所の主幹として、あるいは社会教育家として活動していた菅家一比古(かんけいちひこ)。企業の顧問として幹部や新人社員の研修指導を行う傍ら、PTA、ロータリークラブ、青年会議所等における講演や、書籍の出版、雑誌等への寄稿などを通し、幅広い教育活動を行っていました。こうした実直な教育活動が評判となった菅家の元へは、子供の家庭内暴力や登校拒否、引きこもりや鬱病など、家庭内、あるいは社会生活において悩みを抱える人が次々と訪れ、問題解決へ導く日々が続きます。なぜ、心を病んでいる人がこれほどまで多いのか、自分にはこの先何が出来るのか、菅家自身も思い悩んでいたある日、主催する勉強会に一人の男性が現れます。それが、高澤清司(たかざわきよし)との出会いでした。

菅家一比古

生かされた命

高澤清司

「余命十日」。平成九年の秋、高澤清司は医師からそう宣告されました。それは菅家一比古と出会うちょうど一年前のこと、外出先で意識を失った高澤は救急車で緊急入院。病院では心臓マッサージを受けて蘇生しましたが、腹腔には膿が溜まり、肝臓は倍に腫れて三分の二が壊死、脾臓は肥大して、腎臓は尿管が詰まって機能せず、内臓全体が末期癌のような状態でした。病名は「クローン病」。不治の病とされる難病で、高澤の場合、アメーバー赤痢菌との合併症により内臓全体が侵されていたのです。この時、生死の境を彷徨っていた高澤の胸には生への執着は全くなく、ただ「命の働きにまかせよう」という穏やかな気持に満たされていました。不思議なことに、それからというもの少しずつ体が回復してゆき、奇跡的に一命をとりとめたのです。

ある運命の出会い

一年後には何とか退院した高澤ですが、クローン病の後遺症で体は鉛のように重く、下血が続き、手足のむくみや息苦しさも感じていました。そんな高澤の状態を見かねた友人に勧められ、飲み始めたのがエヴァレット・フォーミュラ、後のセルピュアでした。さっそく飲んでみると、翌朝には身体中にエネルギーが満ち溢れ、重苦しさもなくすっきりと目覚めたのです。病魔に押し潰されるように生きていた高澤にとって、それは不思議としか言いようのない体験でした。

セルピュア

少しずつ健康を取り戻した高澤は、エヴァレット・フォーミュラの素晴らしさを知れば知るほど、そこに秘められた可能性の深さを感じずにはいられなかったのです。そんなある時、知人に誘われて出掛けたのが、菅家一比古が主催する勉強会でした。初めて出会ったに関わらず、菅家の話に魂を揺さぶられた高澤は、気づけば驚くほどの涙を流していました。その後、互いの考えを知れば知るほど、その想いが一緒であることに感銘を受けた二人は、共に歩むことを決意したのです。

エネルギーを満たすもの

当時、多忙のため睡眠時間の短い日々を過ごしていた菅家は、高澤の勧めでエヴァレット・フォーミュラを飲み始めます。すると、短くてもぐっすりと深い睡眠を得られるようになり、毎日がより爽快な気分になるのを実感できました。それから間もなく、菅家は鬱病と分裂症に悩む一人の少女と出会います。少女は10種類もの薬を服用していたにも関わらず、「眠れない」夜に苦しめられていました。そこで、菅家は自分の体験をもとにエヴァレット・フォーミュラを少女に勧めてみます。これを飲み始めた少女には少しずつ変化が現れ、飲んでいた薬がひとつ、またひとつと減っていき、半年後には一切薬が必要なくなりました。少女の身体だけではなく、心にまで変化がもたらされたことに驚いた菅家は、エヴァレット・フォーミュラに託された使命に気付きます。これをひろめることは、肉体ばかりか心の問題にも応えることとなり、多くの人の人生を良い方向に変えられるかもしれない、そう直感したのでした。

時を越えて託された使命

こうして、エヴァレット・フォーミュラを日本にひろめる決意をした菅家と高澤は、製造元であるニュー・サイエンス社の代表ジェリー・ロートン氏へ自分たちの想いを届けます。「多くの生命の“蘇り”と“新生”のために、エヴァレット・フォーミュラの素晴らしさを伝えていきたい」。この想いが、ロートン氏の心を動かしました。当時すでに、大資本をもつ日本の会社から多数の引き合いが来ていたに関わらず、資本も少なく販売力も未知である当時の菅家と高澤に、日本における販売の権利を託したのでした。それはまさに、目に見えない「繋がり」が導いた「奇跡」ともいえる出来事であったのです。

実は、エヴァレット・フォーミュラの開発者である故エヴァレット・ストーレー博士と、世界に広める役割を担ったジェリー・ロートン氏、そして高澤清司には共通する体験がありました。それは生命の「蘇り」であり「新生」の体験です。半世紀以上前、水分子分解技術の専門家として原水爆の開発に携わっていたストーレー博士は、自らも被爆し放射能に身体を蝕まれていました。この被爆体験により失われた健康を取り戻すため開発されたのがエヴァレット・フォーミュラであり、これをもって世界の人々へ貢献することが博士の願いでした。そして、その恩恵を受けた一人がジェリー・ロートンであり、ベトナム戦争で瀕死の重傷を負った彼は、エヴァレット・フォーミュラによって重い後遺症から救われていたのでした。こうしてストーレー博士からロートン氏へ受け継がれ、生命の危機を乗り越えた高澤清司との出会いを通して、菅家一比古へ託されたのは、生命の「蘇り」と「新生」の事業なのでした。

自然と共に生きる道

平成12年12月12日。代表取締役に菅家一比古(現在は会長を兼任)、副社長に高澤氏が就任し、株式会社ピュアーライフがスタートしました。「ピュアー(自然)ライフ(生活)」という社名には、「自然と共に生きる」という、強い想いが込められています。なぜなら、自然の中で暮らす動物は難病もなく、風邪もひかず、道に迷って遭難することもありません。私たち人間の身体が様々な病に冒され、心までが道に迷うのは、「自然と共に生きる」道を逸れてしまったためであり、その道に戻すのが私たちの役割であると考えるからです。その願いを託した製品の名前には、「細胞を自然の状態に戻す」という意味を込めて、「セル(細胞)ピュアー(自然)」、セルピュアと名付けました。私たちピュアーライフの事業は、自然と共生することで健やかな社会を目指す、二十一世紀型の新文明創造事業なのです。

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