ピュアーライフのオフィシャルページです

BRAND STORY

学習塾の経営や社会教育家として多彩に活動していた菅家一比古(かんけいちひこ)。

PTA、ロータリークラブ、青年会議所等における講演や、企業の顧問として幹部や新人社員の研修指導を行う傍ら、書籍の出版などを通し幅広い教育活動を行っていました。

実直な教育活動が評判となった菅家の元へは、子供の家庭内暴力や登校拒否、引きこもりや鬱病など、家庭や社会生活において悩みを抱える人が次々と訪れ、問題解決へ導く日々が続きます。

なぜ、心を病んでいる人がこれほどまで多いのか?自分にはこの先何が出来るのか、菅家自身も思い悩んでいました。

ピュアーライフ誕生物語

私たちの挑戦

エヴァレット・フォーミュラとの出会い

当時、多忙のため睡眠時間の短い日々を過ごしていた菅家は、ある出会いからエヴァレット・フォーミュラ(後のセルピュア)を飲み始めます。すると、短くても深い睡眠を得られるようになり、毎日がより爽快な気分になるのが実感できました。それから間もなく、菅家は鬱病と分裂症に悩む一人の少女と出会います。少女は10種類もの薬を服用していたにも関わらず、「眠れない」夜に苦しめられていました。そこで、菅家は自分の体験をもとにエヴァレット・フォーミュラを少女に勧めてみます。これを飲み始めた少女には少しずつ変化が現れ、飲んでいた薬がひとつ、またひとつと減っていき、半年後には薬が一切必要なくなりました。そして体調から表情まで著しく変わって行ったのです。

少女の身体だけではなく、心にまで変化がもたらされたことに驚いた菅家は、エヴァレット・フォーミュラに託された使命に気付きます。これを広めることは、肉体ばかりか心の問題にも応えることとなり、多くの人の人生を良い方向に変えられるかもしれない、そう直感したのでした。

時を越えて託された使命

エヴァレット・フォーミュラを日本に広める決意をした菅家は、製造元であるアメリカのニュー・サイエンス社代表 ジェリー・ロートン氏へ自分たちの社会貢献への想いを届けます。

「多くの生命の“蘇り”と“新生”のために、エヴァレット・フォーミュラの素晴らしさを伝えていきたい」。この想いが、ロートン氏の心を動かしました。

当時すでに、日本の会社から多数の引き合いが来ていたにも関わらず、資本も少なく販売力も未知である当時の菅家に、日本における販売の権利を託したのでした。それはまさに、目に見えない「繋がり」が導いた「奇跡」ともいえる出来事であったのです。

エヴァレット・ストーレー博士とジェリー・ロートン氏の願い

実は、エヴァレット・フォーミュラの開発者である故エヴァレット・ストーレー博士と、世界に広める役割を担ったジェリー・ロートン氏には共通する体験がありました。それは生命の「蘇り」であり「新生」体験でした。

半世紀以上前、水分子分解技術の専門家として原水爆の開発に携わっていたストーレー博士は、自らも被曝し放射能に身体を蝕まれていました。この被曝体験により失われた健康を取り戻すため開発されたのがエヴァレット・フォーミュラであり、これをもって世界の人々へ貢献して行きたいということが博士の願いでした。

そして、その恩恵を受けた一人がジェリー・ロートンであり、彼はベトナム戦争で瀕死の重傷を負った中、エヴァレット・フォーミュラに出会い、それによって重い後遺症から救われていたのでした。そしてロートン氏もエヴァレット・フォーミュラの普及によって社会貢献したいとの想いを強く持ったのです。

こうしてストーレー博士からロートン氏へとその想いが確実に受け継がれて行きました。

自然と共に生きる道

自然と共に生きる ピュアー(自然)+ ライフ(生活)

平成12年12月12日。代表取締役に菅家一比古が就任し、株式会社ピュアーライフがスタートしました。

「ピュアーライフ」という社名には、「自然と共に生きる」という、強い想いが込められています。なぜなら、自然の中で暮らす動物は難病もなく、風邪もひかず、道に迷って遭難することもありません。

私たち人間の身体が様々な病に冒され、心までが道に迷うのは、「自然と共に生きる」道を逸れてしまったためであり、その道に戻すのが私たちの役割であると考えるからです。

その願いを託した製品には、「細胞を自然な状態に戻す」という意味を込めて、「セル(細胞)ピュアー(自然)」=セルピュアと名付けました。

私たちピュアーライフの事業は、自然と共生することで健やかな社会を目指す、二十一世紀型の新文明創造事業なのです。そして、その道は今も続いています。

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